吉川英治『三国志(新聞連載版)』(117)春園走獣(しゆんゑんそうじう)(一)

吉川英治『三国志』の新聞連載版を1日2回発信します。第117回。
三国志研究会(全国版) 2026.06.10
誰でも

 まだ若い廃帝は、明け暮れ泣いてばかりゐる母の何太后と共に、永安宮の幽居に深く閉ぢ籠(こ)められたまゝ、春を空(むな)しく、月にも花にも、たゞ悲しみを誘はるゝばかりだつた。

 董卓は、そこの衛兵に、

「監視を怠るな」

 と厳命しておいた。

 見張りの衛兵は、春の日永(ひなが)を、欠伸(あくび)してゐたが、ふと幽楼(ユウロウ)の上から、哀しげな詩(うた)の声が聞えて来たので、聞くともなく耳を澄ましてゐると、

   春は来ぬ

   けむる嫩草(わかぐさ)に

   裊々(デフデフ)たり

   双燕は飛ぶ

   ながむれば都の水

   遠く一すぢ青し

   碧雲(ヘキウン)深きところ

   是(これ)みなわが旧宮殿

   堤上(テイジヤウ)、義人はなきや

   忠と義とに依つて

   誰か、晴らさむ

   わが心中の怨(うらみ)を——

 衛兵は、聞くと、その詩を覚え書にかいて、

「相国。廃帝の弘農王が、こんな詩を作つて歌つてゐました」

 と、密告した。董卓は、それを見ると、

「李儒はゐないか」

 と呼び立てた。そして、その詩を李儒に示して、

「これを見ろ、幽宮にをりながら、こんな悲歌を作つてゐる。生かしておいては必ずや後の害にならう。何太后も廃帝も、おまへの処分にまかせる。殺して来い」

 と、いひつけた。

「承知しました」

 李儒は元より暴獣の爪のやうな男だ。情もあらばこそ、すぐ十人ばかりの屈強な兵を連れて、永安宮へ馳せつけた。

「どこに居るか、王は」

 彼はづか/\楼上へ登つて行つた。折ふし弘農王と何太后とは、楼の上で春の憂ひに沈んでをられ突然、李儒のすがたを見たので恟(ぎよ)つとした容子(ようす)だつた。

 李儒は笑つて、

「何もびつくりなさる事はありません。この春日を慰め奉れと、相国から酒をお贈り申しに来たのです。これは延寿酒(エンジユシユ)といつて、百歳の齢(よはひ)を延ぶる美酒です。さあ一盞(サン)おあがりなさい」

 携へて来た一壺の酒を取り出して杯(さかづき)を強(し)ひると、廃帝は、眉をひそめて、

「それは毒酒であらう」

 と、涙をたゝへた。

 太后も顔を振つて、

「相国がわたし達へ、延寿酒を贈られるわけはない。李儒、これが毒酒でないなら、そなたがまづ先に飲んでお見せなさい」

 と、云つた。

 李儒は、眼(まなこ)を怒らして、

「何、飲まぬと。——それならば、この二品をお受けなさるか」

 と、練絹(ねりぎぬ)の縄と短刀とを、突きつけた。

「……おゝ。我に死ねとか」

「いづれでも好きなほうを選ぶがよい」

 李儒は冷然と毒づいた。

 弘農王は、涙の中に、

   噫(あゝ)、天道は易(かは)れり

   人の道もあらじ

   万乗の位をすてゝ

   われ何ぞ安からん

   臣に迫られて命(メイ)はせまる

   たゞ潸々(サン/\)、涙あるのみ

 と、悲歌をうたつてそれへ泣きもだへた。

 太后は、はつたと李儒を睨(にら)めつけて、

「国賊!匹夫(ヒツプ)!おまへ達の滅亡も、決して長い先ではありませぬぞ。——あゝ兄の何進が愚(おろか)なため、こんな獣共を都へ呼び入れてしまつたのだ」

 罵り狂ふのを、李儒は喧(やか)ましいとばかり、その襟がみを摑(つか)み寄せて、高楼の欄から投げ落してしまつた。

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