吉川英治『三国志(新聞連載版)』(147)虎牢関(四)

吉川英治『三国志』の新聞連載版を1日2回発信します。第147回。
三国志研究会(全国版) 2026.06.25
誰でも

「何ツ」

 呂布は、赤兎馬を止めて、きつと振返つた。

 見れば、威風すさまじき一個の丈夫だ。虎鬚(とらひげ)を逆立て、牡丹の如き口を開け、丈八の大矛(おほほこ)を真横に抱へて、近づきざま打つてかゝらうとして来る容子。——いかにも凜凜たるものであつたが、その鉄甲や馬装を見れば、甚だ貧弱で、敵の一馬弓手にすぎないと思はれたから

「下郎つ。退(さが)れツ」

 と、呂布はたゞ大喝一つ与へたのみで、対手(あひて)に取るに足らん——とばかりそのまゝ又進みかけた。

 張飛は、その前へ迫つて、駒を躍らせ、

「呂布。走るを止めよ。——劉備玄徳の下に、かくいふ張飛のあることを知らないか」

 早くも、彼の大矛は、横薙ぎに赤兎馬の鬣(たてがみ)をさつと掠(かす)めた。

 呂布は、眦(まなじり)をあげて、

「この足軽め」

 方天戟をふりかぶつて、真二つと迫つたが、張飛はすばやく、鞍横へ馳け迫つて、

「おうつツ」

 吠え合せながら、矛に風を巻いて、りう/\斬つてかゝる。

 意外に手強い。

「こいつ莫迦(バカ)にできぬぞ」

 呂布は、真剣になつた。固(もと)より張飛も必死である。

 貧しい郷軍を興して、無位無官を蔑まれながら、流戦幾年、そのあげくは又僻地に埋もれて、髀肉(ヒニク)を嘆じてゐたこと実に久しかつた彼である。

 今、天下の諸侯と大兵が、挙(こぞ)つて集まつてゐるこの晴(はれ)の戦場で、天下の雄と鳴り響いた呂布を対手(あひて)にまはした事は、張飛として蓋(けだし)千載の一遇といはうか、優曇華(ウドンゲ)の花といはうか、何しろ志を立てゝ以来初めて巡り合つた機会といはねばなるまい。

 とは云へ、呂布は名だゝる豪雄である。易々と討てるわけはない。

 両雄は実に火華をちらして戦つた。丈八の蛇矛と、画桿(グワカン)の方天戟は、一上一下、人交ぜもせず、秘術の限りを尽し合つてゐる。

 さしもの張飛も、

「こんな豪傑がゐるものか」

 と、心中に舌を巻き、呂布も心のうちで、

「どうしてこんなすばらしい漢(をとこ)が馬弓手などになつてゐるのだらう」

 と、愕(おどろ)いた。

 幾(いく)度(たび)か、張飛の蛇矛は、呂布の紫金冠や連環の鎧をかすめ、呂布の方天戟は、屢々(しば/\)、張飛の眉前や籠手(こて)をかすつて、今にも何(いづ)れかが危く見えながら、しかも両雄は互(たがひ)にいつまでも喚(をめ)き合ひ叫び合ひ、かへつてその乗馬の方が、汗もしとゞとなつて轡(くつわ)を嚙み、馬は疲れるとも、馬上の戦ひは疲れて止むことを知らなかつた。

 餘りの目ざましさに、両軍の将兵は、

「あれよ、張飛が」

「あれよ、呂布が——」

 と、暫(しば)し陣をひらいて、見(み)恍(と)れてゐたが、呂布の勢ひは、戦へば戦ふほど、精悍の気を加へた。それに反して、張飛の蛇矛は、やゝ乱れ気味と見えたので、遙かに眺めてゐた曹操、袁紹をはじめ十八ケ国の諸侯も、今は、内心あやぶむかのやうな顔色を呈してゐたが折しも、突風のやうにそこへ馳けつけて行つた二騎の味方がある。

 一方は、関羽だつた。

「義弟(おとと)、怯(ひる)むな」

 と、加勢にかゝれば、又一方の側から、

「われは劉玄徳なり。呂布とやらいふ敵の勇士よ、そこ動くな」

 と、名乗りかけ、乗り寄せて、玄徳は左右の手に大小の二剣を閃(ひらめ)かし、関羽は八十二斤の青龍刀に気をこめて、義兄弟三人三方から、呂布をつゝんで必殺の風を巻いた。

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