吉川英治『三国志(新聞連載版)』(205)人間燈(にんげんとう)(三)

吉川英治『三国志』の新聞連載版を1日2回発信します。第205回。
三国志研究会(全国版) 2026.07.24
誰でも

 禁門の掟なので、董卓も、儀仗の兵士をすべて、北掖門に止(とゞ)めて、そこから先は、二十名の武士に車を押させて、禁廷へ進んだ。

「やつ?」

 董卓は、車の内でさけんだ。

 見れば、王允と黄琬の二人が、剣を執つて、殿門の両側に立つているではないか。

 彼は、何か異様な空気を感じたのであらうm突然、

「李粛々々。——彼等が、抜剣して立つているのは如何(いか)なるわけか」

 と、呶鳴つた。

 すると、李粛は車の後(うしろ)で、

「されば、閻王(エンワウ)の旨(むね)に依(よ)り、太師を冥府へ送らんとて、はや迎へに参つてゐるものと覚えたりつ」

 と、大声で答へた。

 董卓は、仰天して、

「な、なんぢやと?」

 膝を起さうとした途端に、李粛は、それつと懸声して、彼の車をぐわら/\と前方へ押し進めた。

 王允は、大音あげて、

「郿塢の逆臣が参つたり。出(い)でよつ、武士共つ」

 声を合図に——

「おうつ」

「わあつ」

 馳け集まつた御林軍の勇兵百餘人が、車を顚覆(くつが)へして、董卓を中からひきずり出し

「賊魁ツ」

「この大奸」

「うぬつ」

「天罰」

「思ひ知れや」

 無数の戟(ほこ)は、彼の一身へ集まつて、その胸を、肩を、頭を滅多打ちに突いたり斬り下げたりしたが、かねて要心ぶかい董卓は、刃も貫(とほ)さぬ鎧や肌着に身をかためてゐたので、多少血しほにはまみれても猶(なほ)、致命傷には至らなかつた。

 巨体を大地に転(まろ)ばせながら、彼はその間に絶叫を放つてゐた。

「——呂布ツ、呂布ツ。——呂布はあらざるかつ、義父(ちち)の危難を助けよ」

 すると、呂布の声で、

「心得たり」

 と、聞えたと思ふと、彼は画桿(グワカン)の大戟(おほほこ)をふりかぶつて、董卓の眼前に躍り立ち、

「勅命によつて逆賊董卓を討つ」

 と、喚(をめ)くや否(いな)、真つ向から斬り下げた。

 黒血は霧のごとく噴いて、陽も曇るかと思はれた。

「うツ……むつ。……おのれ」

 戟はそれて、右の臂を根元から斬り落したにすぎなかつた。

 董卓は、朱にそまりながら、はつたと呂布をにらんで、まだ何か叫ばうとした。

 呂布は、その胸元をつかんで、

「悪業のむくいだ」

 と罵りざま、ぐざと、その喉(のんど)を刺し貫いた。

 禁廷の内外は、怒濤のやうな空気につゝまれたが、軈(やが)て、それと知れ渡ると、

「万歳つ」

 と、誰からともなく叫び出し、文武百官から厩(うまや)の雑人や、衛士にいたるまで、皆万歳々々を唱へ合ひ、その声、その動(ど)揺(よ)めきは、小半刻ほど鳴りも熄(や)まなかつた。

 李粛は、走つて、董卓の首を打落し、剣尖に刺して高く掲(かゝ)げ、呂布はかねて王允から渡されてゐた詔書をひらいて、高臺に立ち

「聖天子のみことのりに依(よ)り、逆臣董卓を討ち終んぬ。——その餘は罪なし悉(こと/゛\)くゆるし玉(たま)ふ」

 と、大音で読んだ。

 董卓、ことし五十四歳。

 千古に記すべきその日その年、将(まさ)に漢の献帝が代の初平三年壬(みづのえ)申(さる)、四月二十二日の真昼だつた。

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