吉川英治『三国志(新聞連載版)』(47)義盟(一)

吉川英治『三国志』の新聞連載版を1日2回発信します。第47回。
三国志研究会(全国版) 2026.05.06
誰でも

 桃園へ行つてみると、関羽と張飛のふたりは、近所の男を雇つて来て、園内の中央に、もう祭壇を作つてゐた。

 壇の四方には、笹竹を建て、清縄(セイジヤウ)を繞(めぐ)らして金紙銀箋の華をつらね、土製の白馬を贄(いけにへ)にして天を祭り、烏牛を屠つた事にして、地神を祠(まつ)つた。

「やあ、おはやう」

 劉備が声をかけると、

「おゝ、お目ざめか」

 張飛、関羽は、振向いた。

「見事に祭壇が出来ましたなあ。寝る間はなかつたでせう」

「いや、張飛が、興奮して、寝てから話しかけるので、ちつとも眠る間はありませんでしたよ」

 と、関羽は笑つた。

 張飛は劉備のそばへ来て、

「祭壇だけは立派にできたが、酒はあるだらうか」

 心配して訊ねた。

「いや、母が何とかしてくれるさうです。今日は、一生一度の祝ひだと云つてゐますから」

「さうか、それで安心した。然(しか)し劉兄、いゝおつ母さんだな。ゆうべから側(そば)で見てゐても、羨しくてならない」

「さうです。自分で自分の母を褒めるのも変ですが、子に優しくて、世に強い母です」

「気品がある、どこか」

「失礼だが、劉兄には、まだ夫人(おくさん)はないやうだな」

「ありません」

「はやくひとり娶らないと、母上がなんでもやつて居る様子だが、あのお年で、お気の毒ではないか」

「…………」

 劉備は、そんな事を訊かれたので、又ふと、忘れてゐた白芙蓉の佳麗なすがたを思ひ出してしまつた。

 で、つい答へを忘れて、何となく眼をあげると、眼の前へ、白桃の花びらが、霏々(ヒヒ)と情有るものゝやうに散つて来た。

「劉備や。皆さんも、もうお支度はよろしいのですか」

 厨(くりや)に見えなかつた母が、いつの間にか、三名の後(うしろ)に来て告げた。

 三名が、いつでもと答へると、母は又、いそ/\と厨房の方へ去つた。

 近隣の人手を借りて来たのであらう。きのふ張飛の姿を見て、きやつと魂消(たまげ)て逃げた娘も、その娘の恋人の隣家(となり)の息子も、ほかの家族も、大勢して手伝ひに来た。

 やがて先(ま)づ、一人では持てないやうな酒瓶(さけがめ)が祭壇の莚(むしろ)へ運ばれて来た。

 それから豚の児(こ)を丸ごと油で煮たのや、山羊の吸物の鍋や、干菜を牛酪で煮つけた物だの、年数のかゝつた漬物だの——運ばれてくる毎(ごと)に、三名は、その豪華な珍味の鉢や大皿に眼を奪はれた。

 劉備さへ、心のうちで、

「これは一体、どうしたことだろう」

 と、母の算段を心配してゐた。

 そのうちに又、村長の家から、花梨(クワリン)の立派な卓と椅子が担(かつ)がれて来た。

「大饗宴だな」

 張飛は、子どものやうに、歓喜した。

 準備ができると、手伝ひの者は皆、母屋へ退がつてしまつた。

 三名は、

「では」

 と、眼を見合せて、祭壇の前の蓆(むしろ)へ坐つた。そして天地の神へ、

「われらの大望を成就させ給へ」

 と、祈念しかけると、関羽が、

「御両所。少し待つてくれ」

 と、何か改まつて云つた。

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